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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)4419号 判決 1997年4月25日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

池田直樹

被告

光洋精工株式会社

右代表者代表取締役

井上博司

右訴訟代理人弁護士

門間進

角源三

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は原告に対し、三〇八万二九四〇円及び平成七年五月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の従業員であった原告が、被告がその職能資格等級制度において原告の人事考課をするに当たり、裁量権を逸脱・濫用した違法・不当な評価をし、その結果賃金及び退職金が同僚に比して不当に低く抑えられたとして、不法行為による損害賠償請求権に基づき同僚との賃金及び退職金の差額及び慰謝料並びにこれらに対する民法所定の遅延損害金の支払を請求している事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、昭和四五年八月一一日、被告に工員として入社した。

被告は、各種ベアリング・ステアリング等の製造販売を営んでおり、従業員総数約七四七〇名の株式会社である。

2  被告会社は、昭和五六年から段階的に職能資格等級制度を導入し、右制度は、昭和五七年一〇月一日付けで原告のような一般職従業員にも適用されるようになった。同日付けの原告の等級は九級であった。

3  被告従業員である訴外上村正夫(以下「上村」という。)は、右職能資格等級制度導入時、八級に位置づけられ、昭和五八年一〇月一日付けで七級の二に進級した。

4  原告は、平成二年四月一日付けで、八級に進級した。

5  原告は、平成七年二月に定年を迎え、八級のまま、同月末をもって退職した。

二  争点

主たる争点は、被告が、原告の人事考課を行うに際し、裁量権の逸脱・濫用があったか否かである。なお、被告は、原告の主張する損害額も争っている。

(原告の主張)

1 職能資格等級制度導入時の原告に対する評価の誤り

原告は、昭和五三年及び同五五年には、無遅刻無早退無欠勤により表彰を受けたこともあり、勤労態度、技能ともに優秀であった。職能資格等級制度導入時において、原告は、勤続一二年の熟練工であったにも関わらず、九級Dに位置づけられた。

これに対し、入社時期及び年齢が原告に近い上村は、八級であった。また、アルコール中毒で、労働能率が原告よりも悪い訴外山田(名前不詳)でさえ八級であった。

その後、原告は、平成二年に被告亀山工場への転勤を引き受けた際にも、八級に進級したにとどまったが、同時期に右工場へ転勤した上村は、七級の一に進級した。

2 不法行為

被告は、その従業員に対する人事考課に当たっては、真実であり過不足のない資料に基づき、勤続年数、労働能力、会社への貢献度などにおいて、公平に評価すべき義務、即ち、人事考課の公正な裁量権行使義務を負っている。

しかるに、原告は、平成四年以降、被告国分工場に勤務したが、被告は、平成五年四月及び平成六年四月の人事考課において、職能資格等級制度導入時からの原告に対する誤った人事考課を是正することなく八級Cと評価し、更に、平成七年二月、原告の定年退職に当たって過去の誤った人事考課を是正して退職金を算定すべきところを是正することなく算定した。

被告の原告に対する右平成五年四月及び平成六年四月の人事考課は、合理的なものではなく、裁量権を明らかに逸脱・濫用したものであり、また、平成七年二月、原告の退職に当たり、過去の誤った人事考課を是正しなかったことは、不法行為を構成する。

3 賃金及び退職金差額相当損害

原告に対して、正当な人事考課がなされた場合に、原告が受けたであろう賃金及び退職金額は、上村の賃金及び退職金額である。

(一) 平成五年度年額賃金の差額

原告が現実に受けた平成五年度年額賃金は、三〇二万〇八八〇円であり、上村の同年度年額賃金は、三二三万四二四〇円であるから、原告と上村の平成五年度年額賃金の差額は五三万四三六〇円である。

(二) 平成六年度年額賃金の差額

原告が現実に受けた平成六年度年額賃金は、二八一万二九二〇円であり、上村の同年度年額賃金は、三〇〇万八五〇〇円であるから、原告と上村の平成六年度年額賃金の差額は四五万五五八〇円である。

(三) 退職金差額

原告が現実に受けた退職金は、八六〇万九〇〇〇円であり、上村の退職金は、九七〇万二〇〇〇円であるから、原告と上村の退職金の差額は一〇九万三〇〇〇円である。

したがって、原告は、原告と上村の平成五、六年度年額賃金差額相当損害金九八万九九四〇円及び退職金差額相当損害金一〇九万三〇〇〇円の損害を被った。

4 慰藉料

原告は、被告による不当な人事考課を受けたまま、被告を退職せざるを得ず、著しい精神的苦痛を受けた。これを金銭に評価すると一〇〇万円を下らない。

5 よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、賃金差額相当損害金九八万九九四〇円、退職金差額相当損害金一〇九万三〇〇〇円及び慰謝料一〇〇万円並びに右各金員に対し不法行為の後であって訴状送達の日の翌日である平成七年五月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

1 職能資格等級制度

職能資格等級制度とは、従業員各人を職務遂行能力の伸長段階に応じて適切な等級に格付けし、それによって、より効果的な能力の開発・活用及び適正な処遇、公平な賃金決定などを目指すものである。

なお、右等級自体にはAからEまでの五段階の区分はない。右区分は、職能資格等級制度導入時の級の決定、あるいは、毎年の昇給、夏冬の賞与査定に当たって、人事考課の際に行われているものである。

2 職能資格等級制度導入時の原告に対する評価

被告は、昭和五七年一〇月一日付けで、七級、八級、九級、〇級の等級格付けを実施した。この等級格付けに当たっては、学歴別に資格等級基準線を作り、これに人事考課を加味して等級格付けを決定した。

職能資格等級制度実施時における被告会社での一般職の平均勤続年数は一四・二年であり、勤続年数で熟練工か否かを決めることはできず、長期に同じ単純作業に従事していたということが、職能資格等級決定において考慮の対象になるわけではない。

原告の学歴は、昭和二九年三月の高等学校卒業であったため、基準上、四九年以前に高等学校を卒業した者のグループに属し、七、八、九級のいずれかに人事考課によって決められることとなった。人事考課は、AからEまでの五段階評価で、Cが標準の八級で、Dの標準よりやや劣ると、Eの劣るは九級に格付けされた。

原告は、人事考課において、Dの標準よりやや劣ると評価されたため、九級と決定された。この評価は、当時の原告の勤務状況に照らして、妥当なものである。右人事考課の判定は、職能資格等級決定に用いられただけであって、九級の中にAからEまでの細分化があるわけではない。したがって、原告の「九級D」という主張は誤りである。

このように、被告の人事考課は裁量の範囲内で適切に行われたのであり、被告の職能資格等級制度が単に入社時期や年齢によって決められるものではないから、上村や山田と原告を比較することがそもそも誤っている。また、上村は、仕事が全く異なり、原告と近くのラインで仕事をしたこともなく、原告と比較対照することは適切でない。なお、山田は当時も現在も九級であり、八級に昇進したことはない。

3 平成四年四月以降の人事考課

平成四年以降の原告の仕事ぶりについては、原告担当行程の後の行程から原告の担当した品物に不良品があると苦情が出たり、課長、職長、班長の指導に対し、原告は、聞く耳を持たず、理解してくれていないことが多く、同僚とコミュニケーションを図ることもなく、積極性や責任感も乏しい状態であった。原告は、定年まで独身の一人暮らしで終始し、健康管理が悪いと注意される状態であり、課独自の親睦会にも一人だけ入らず、若い同僚との対話がなく、人間関係の円滑さにかけており、大声を上げて人をびっくりさせる行動に出るなど、その人格そのものにも問題があって、年齢はいっているものの頑固で独りよがりの風変わりものと見られていた。

仮に七級に進級すると班長補佐的な仕事も加わり、若い従業員を指導して行かねばならない状態になるわけであるが、原告にそうした面での適格性がないことは明らで(ママ)ある。

七級への進級の基準となる目安は、年三回の人事考課の結果と上司の推薦や仕事ぶりなどを全部ふまえたもので、二・〇から四・〇までの評価点を用いた人事考課において、ほぼ過去二年分の評価が、中位の三・〇を少し越えていないと進級できないというのが通常であり、勤続が長いということは、何ら関係がない。

平成五年の夏以降の人事考課において、原告に対する考課点は全て二・七五と評価されていた。二・七五の評価点は、昇給、賞与の人事考課分類としては、分布比率五〇パーセントの中に入っており、Cの標準とされているので格別の不利益は生じないが、進級の検討対象とはなり得ない。

4 以上、被告が、原告に対する人事考課に当たり、裁量権を逸脱・濫用した事実は存在しない。また、原告の主張する損害額については争う。

第三証拠

証拠については、本件訴訟記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

第四争点に対する判断

一  前記争いのない事実、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  原告の経歴

原告は、昭和四五年八月一一日、各種ベアリング・ステアリング等の製造販売を営んでおり、従業員総数約七四七〇名の株式会社である被告に入社し、以後、工員として専ら単純な反復作業に従事していた。

被告は、昭和五六年から段階的に職能資格等級制度を導入し、右制度は、昭和五七年一〇月一日付けで原告のような一般職従業員にも適用されるようになった。同日付けの原告の等級は九級であった。

原告は、平成二年四月一日付けで、八級に進級したが、平成七年二月に定年を迎え、八級のまま同月末をもって退職した。

なお、原告は、被告在勤中、組合活動等被告から嫌厭されるような行動をとったことはなかった。

2  職能資格等級制度

職能資格等級制度とは、従業員各人を職務遂行能力の伸長段階に応じて適切な等級に格付けし、それによって、より効果的な能力の開発・活用及び適正な処遇、公平な賃金決定などを目指すものである。

職能資格等級制度の下では、人事考課は、年功序列に基づいてではなく、職務遂行能力に基づいてなされるため、同時期に入社した従業員間に級の格差が生じる。被告においては、人事考課をするに当たり、評価基準を定め、これに基づき人事評価がなされていた。評価に当たっては、公平を保つため、一次考課と二次考課との二段階の考課手続きをとっていた。

なお、右等級自体にはAからEまでの五段階の区分はない。右区分は、職能資格等級制度導入時の級の決定、あるいは、毎年の昇給、夏冬の賞与査定に当たって、人事考課の際に行われているものである。

3  職能資格等級制度導入時の原告の評価

被告は、昭和五七年一〇月一日付けで、七級、八級、九級、〇級の等級格付けを実施した。この等級格付けに当たっては、学歴別に資格等級基準線を作り、これに人事考課を加味して等級格付けを決定した。

職能資格等級制度実施当時における被告会社での一般職の平均勤続年数は一四・二年であり、勤続年数で熟練工か否かを決めることはできず、長期に同じ単純作業に従事していたことは、職務遂行能力を重視する資格等級決定において直ちには考慮の対象とならなかった。

原告の学歴は、昭和二九年三月の高等学校卒業であったため、基準上、資格等級格付け方法上昭和四九年以前に高等学校を卒業した者のグループに属し、七、八、九級のいずれかに人事考課によって決められることとなった。右人事考課は、AからEまでの五段階評価で、割合としては、Aが一〇パーセント、Bが二〇パーセントは、Cが四〇パーセント、Dが二〇パーセント、Eが一〇パーセントに分布するよう評価し、Cが標準の八級で、Dの標準よりやや劣ると、Eの劣るは九級に格付けされた。人事考課においては、成績、能力、姿勢について、評価基準が作成され、これに基づき評価がなされた。

原告は、右人事考課において、Dの標準よりやや劣ると評価されたため、九級と決定された。このときの、人事考課の判定は、職能資格等級決定に用いられただけであって、九級の中にAからEまでの細分化があるわけではない。したがって、原告の「九級D」という主張は、誤解に基づくものであると考えられる。

なお、上村は、原告と担当業務が異なり未だ退職しておらず、原告と比較対照をすることが適切であるとは認められない。山田は当時も現在も九級であり、八級に昇進していない。

4  平成四年四月以降の人事考課

平成四年四月以降の原告の仕事ぶりについては、不良品を出すことがあり、知識・技能が未熟であり、課長、職長、班長の指導に対し、理解を示そうとせず、同僚とコミュニケーションを図ることもなく、柔軟性がなく、積極性や責任感も乏しい状態であった。原告は、所属課の親睦会にも一人だけ入らず、人間関係の円滑さに欠け、定年まで独身の一人暮らしで、退職直前まで電話を付けず、頑固で独りよがりの風変わりものと見られていた。

仮に七級に進級するとなると班長補佐的な仕事が加わり、若い従業員を指導して行かねばならない状態になるが、原告には、そうした面での適格性がなかった。

七級への進級の基準となる目安は、年三回の人事考課の結果と上司の推薦や仕事ぶりなどを全部ふまえたもので、二・〇から四・〇までの評価点を用いた人事考課において、ほぼ過去二年分の評価が、中位の三・〇を少し越えていないと進級できないというのが通常であり、勤続が長いことは、直ちには進級の理由とならなかった。

原告は、平成五年三月から平成六年四月までの期間についての人事考課では、一次考課において、知識・技能が二・五、理解力二・〇、熱意・意欲二・七五、柔軟性二・七五、責任感二・七五、信頼性二・七五、希望点二・七五と評価され、二次考課において、二・七五と評価された。二・七五の評価点は、昇給、賞与の人事考課分類としてのAからEまでの五段階評価では、分布比率五〇パーセントの中に入り、Cの標準とされているので格別の不利益は生じないが、進級の検討対象とはならなかった。

5  統計的な格付け実態

原告が主として勤務していた被告国分工場での技能系定年退職者の退職時の級の格付け実態については、平成四年四月から平成八年三月までの期間について統計を取ると、退職者総数一五二人、退職時の平均勤続年数は三三・七年であって、七級の二で退職した者の人数が四六人、全体の三〇・三パーセントを占め、平均勤続年数は三三・八年であり、八級で退職した者の人数は三〇人、全体の一九・七パーセントを占め、平均勤続年数は二六・八年、九級で退職した者の人数は八人、全体の五・三パーセントを占め、平均勤続年数は二七・二年である(<証拠略>)。

原告は、中途入社したことから、退職までの勤続年数が二四年六か月であって、他の退職者の平均勤続年数より約九年短く、原告より勤続年数の長い従業員が多数原告と同じ級に格付けされており、統計的には原告の格付けが特に低いものとは認められない。

二  右認定事実によれば、職能資格等級制度は、年功序列制度と異なり、人事考課によって、同等の勤続年数の従業員間に級の差がでることを当然に予定していること、原告は、被告在勤中、組合活動等被告から嫌厭されるような行動をとったことはなく、被告には、原告に対し、ことさら不利な人事考課をすべき動機が見あたらないこと、統計的に見ると、原告は、中途入社したことから退職までの勤続年数が二四年六か月であって、他の退職者の平均勤続年数より約九年短く、原告より勤続年数の長い従業員が多数原告と同じ級に格付けされており、原告の格付けが特に低いものとは認められないこと、及び、平成四年四月以降については、原告は、不良品を出すなど作業能率が高かったとはいえず、協調性、積極性等に問題があり、職能資格等級制度導入時については、原告の人事考課資料が提出されていないものの、平成四年四月以降と同様であったと考えられることに照らすと、被告の原告に対する人事考課に、裁量権の逸脱・濫用があったとは認めることができない。

三  以上の次第で、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求は、いずれも理由がない。

(裁判官 西﨑健児)

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